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東京高等裁判所 昭和30年(う)1824号 判決 1956年7月07日

控訴人 被告人 菅原真寿雄 外二名

弁護人 相沢庄治郎 外二名

検察官 池田浩三

主文

被告人等の本件控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

被告人菅原真寿雄の本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人相沢庄治郎名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載のとおりであり、被告人石井勇の本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人松本重夫提出の控訴趣意書記載のとおりであり、被告人白坂重雄の本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人簡井清五郎提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

被告人石井勇の弁護人松本重夫の控訴趣意第一点、被告人白坂重雄の弁護人筒井清五郎の控訴趣意第一点について。

原判決の認定した被告人石井の判示第二、の収賄、被告人白坂の判示第三、の(二)の贈賄の事実も亦、原判決引用の証拠によりこれを認めるに足り、記録を精査検討しても原判決の右事実の認定が所論のように誤認であることを窺うことができない。

所論の被告人石井、同白坂の原審公判廷における供述は、原裁判所が原判決引用の証拠に徴し措信し難いものとして事実認定の証拠に引用しなかつたものと認められ、原判決の引用する被告人白坂の昭和二八年二月二〇日附検察官に対する第三回供述調書、被告人石井の同年二月二三日附及び同年三月三日附各検察官に対する供述調書は、原審第九回公判調書によれば被告人白坂、同石井及び同被告人等の原審弁護人が同公判期日において証拠とすることに同意したものであることが認められるのであつて、しかも原審第七回公判調書中証人吉田太一の供述調書によると右被告人等の検察官に対する供述調書は、いずれも同被告人等が検察官に対し任意にした供述を録取したものであることが認められ、又その証明力が著しく低い等証拠とすることを相当としない事由は認められないのであるから、原判決が右供述調書を証拠に引用していることは相当である。所論の被告人白坂の昭和二七年二月一九日附、昭和二八年二月一三日附各司法警察員に対する供述調書、被告人石井の昭和二八年二月一五日附、同年二月二一日附各司法警察員に対する供述調書はいずれも原判決が判示第二、及び第三、の(二)の事実認定の証拠に引用していないことは原判決の証拠理由自体によつて明らかであり、又原判決の引用する被告人白坂の昭和二八年二月二〇日附検察官に対する供述調書記載の供述と被告人石井の同年二月二三日附検察官に対する供述調書記載の供述との間には所論指摘の点において符合しないことが認められるが、被告人白坂が原判示趣旨の下に現金一万五〇〇〇円を被告人石井に供与し、被告人石井がその情を知りながらこれを収受したとの主要な事実については相一致していることが認められるのであるから、両者の供述間における所論のようなくいちがいは、必ずしもその双方の信憑力を失わしめるものということはできない。次に原判決は判示第二、として被告人石井が被告人白坂から太田長松の更正決定を受けた昭和二五年度所得税を減額して貰いたい趣旨で提供されるものであることの情を知りながら現金を収受した旨を判示しているに止まり、太田長松に対する更正決定について再調査を請求できる期間内に右現金を収受したもののように判示しているものでないことは判文上明らかである。

そして所得税法第四八条第一項は更正決定の通知を受けこれに異議ある者の再調査請求期間を通知を受けた日から一ケ月と規定しており、原判決の引用する被告人白坂の昭和二八年二月二〇日附検察官に対する供述調書、被告人石井の同年二月二三日附及び同年三月三日附各検察官に対する供述調書によれば、太田長松の受けた昭和二五年度所得税についての更正決定は、被告人白坂、同石井間に原判示現金一万五〇〇〇円の授受のあつた昭和二六年七月頃当時既に同条第一項による再調査請求期間を徒過していたことを認めることができるのであるが、原判決の引用する被告人石井の昭和二八年二月一五日附司法警察員に対する供述調書、足立税務署長作成にかかる被告人石井の履歴書謄本、昭和二五年一二月一五日附税務署処務細則によれば、被告人石井は大蔵事務官で、昭和二四年九月から昭和二六年八月まで足立税務署に直税課所得税係として勤務し、個人所得につさ課税標準の調査、所得見積額竝に予定納税額の更正及び決定、審査に関する事務を担当していたものであることが認められ、前記被告人白坂、同石井の各検察官に対する供述調書、原審第八回公判調書中証人国吉良雄の供述記載、当審証人国吉良雄、同栗原安の当公廷における供述によれば、昭和二五年度分所得税更正決定に対する再調査請求については昭和二六年五月九日附の東京国税局長の通達があり、管内各税務署長はこれに基いて法定期間経過後更正決定に対する再調査請求があつた場合においては、再調査請求は所得税法第四八条第五項第一号に依り不可抗力による期間の不遵守が認められるときを除き、これを却下するが、更正決定に顕著な誤謬があると認められるときは期間の経過にかかわりなく適正な税務執行に遺憾なきを期するため、その誤謬訂正を行うべきものとしていたものであつて、この税務署長の職務は前記税務署処務細則により税務署直税課所得税係の所管事務に属していたので、所得税係は法定期間経過後の再調査請求については、単に期間の不遵守が不可抗力によるものかどうかを調査するだけでなく、更正決定に請求人申告のような顕著な誤謬があるかどうかをも調査するため必要あるときは、その実質調査をした上これに意見を附し所管課長を経て税務署長に申達しその決裁を受けることとなつていたことを認めることができる。従つて前記期間東京国税局管内の足立税務署直税課所得税係として勤務していた被告人石井は、同署管内の納税者である太田長松の個人所得額の更正決定に対する再調査請求があつた場合には、その更正決定に対する再調査請求期間経過後においても、請求人申告にかかる顕著な誤謬の有無を調査しこれに意見を附して同税務署長に申達する職務を有していたものであり、この職務は国税局長通達及び税務署処務細則に根拠を有するものといわねばならない。しからば被告人石井が被告人白坂から太田長松の更正決定を受けた昭和二五年度所得税を減額して貰いたいとの趣旨で提供されるものであることの情を知りながら現金を収受したのは、その職務に関し賄賂を収受したものに外ならないから、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人松本重夫の控訴趣意

第一点原判決には明かに判決に影響を及ぼすべき左記列挙事実誤認の違法がある。

一、原判決は本件更正決定が再調査請求期間内のものである如く判示しているがそれは甚しき事実誤認である。

1、所得税法第四十四条第四項には「更正決定の通知を受けたものはその通知を受けた日より一ケ月以内に命令の定めるところにより不服の事由を記載した書面を以て当該通知を為した税務署長に対し再調査の請求を為すことができる」と明記され尚同法の第二項乃至第五項にはその手続に関することが詳細規定されている。

2、本件更正決定は既に右一ケ月の期間を経過したものであることは明白である。(イ)検察官提出の冐頭陳述要旨第二項中……被告人石井は四十五万円位が適当と思われるが再審査請求をしたかと云うので太田はその手続を委任していた被告人白坂に連絡し同人来所し再審査手続をしていないことが判つたので被告人石井は一応駄目だと云つたが云々との記載。(ロ)原審における相被告人白坂重雄の供述(原審第九回公判調書中)問 被告人は石井に対し太田長松の昭和二十八年度所得税を減額して貰いたいと頼んだことはないか。答……私が前述のように相談したところ石井は再調査の請求書類は出してあるかと云うので私は出してないと言つたところ石井はそれでは一ケ月の請求期限を既に経過してしまつているから減額はできないと云いました云々。(ハ)原審に於ける被告人石井の供述(第九回公判調書中)問 被告人は白坂から太田長松の昭和二十八年度所得税六十万円を四十万円に減額して呉れと云われたことはないか。答 減額してくれとは云われませんが先程のように四十万円位に何とかならないかと云う相談を受けました、そこで私は白坂に「再調査の請求は出しておりますか」と聞いたところ、「未だ出してないが」と云うので私は「それでは駄目でしようと」申し上げました。(ニ)相被告人白坂に対する昭和二十八年二月二十日附第三回検察官作成供述調書(以下検供書と略記する)第二項中………私はその後太田さんから右の更正決定が高過ぎるのではないかと相談を受けましたが私が相談を受けたときは既に再調査要求の期間が過ぎておりましたので私は太田さんに「もう期間が過ぎたから駄目でしよう」と云つておきました。(ホ)被告人石井に対する昭和二十九年三月二十一日附第二回警察員作成供述調書(以下警供書と略記する)第四項中……私は何故に再審査請求を出さなかつたのですかと云つたところ太田さんは一切計理士に委かしてあるからと申しました、私はそれに対し審査請求の一定期限が切れたから時効だというと計理士さんが見えたので前にも申し上げたように自己紹介をやつたのですがそれに対し白坂さんは「再審査請求書類を税務署に出しそこなつた」と云いました。(へ)原審証人太田長松の証言(第三回公判調書中)問 この六十万円と云うのは確定的なものであつたか、再審査を申立てることができるものであつたか。答 その点については白坂さんに聞いたら再審査できるとのことでした。問 六十万円の通知というのは更正決定か。答 よく憶えておりません。問 証人は忘れつぽい性質か。答 元来そういうことはありませんが戦争中南方に行つていた時マラリヤに罹つてから忘れつぽくなることがあります。(ト)右太田に対する警供書、検供書中この点に関する何等の供述記載なく、本件起訴前捜査官がこの点を軽視したこと歴然である。

3、本件更正決定は既に再調査請求期間を経過したものであるから右決定の誤謬訂正については被告人石井に何等の職務権限はない。

(イ)刑法第一九七条及び同条の二に各明記されている「公務員その職務に関して」の意義 (A)右に云う「その職務」とは法令上の職務、即ち法令に根拠を有する職務行為たることを要することは学説判例の一致しているところである。法令に根拠ない行為は如何に永年、如何に公然、如何に頻繁に行われてもそれは事実行為であつて法令上の権限行為ではない。権限なるものは純客観的のものでその有無は客観的に決定せらるべき不動の事実で当該本人の主観によつて影響されるものではない。即ち本人が誤信して権限ありと考えても客観的にない権限はこれによつて生ずることもなく、又権限ないと考えても客観的にある権限はこれによつて消滅するものでもない。所謂、「錯誤は権限を生ぜず」と云う所以である。この意味において権限外の行為は仮令当該本人がこれを国の行為たらしむることを意欲して国の為に行為してもこれは私的行為で国の行為となる効果を生ずるものでない。(B)我が判例は刑法涜職罪の対象たる公務員の職務は必ずしも法令上の職務行為それ自体たることを要せずこれに「密接なる関係ある行為」にても足ると判決している。一部学者の反対の如く罪刑法定主義が厳として存する現行刑法において刑法の正文には「その職務に関し」と明記され「職務又は職務に密接なる関係ある行為に関し」と記していないのに判例が拡張的に「密接なる関係ある行為」をもこれに包含すると判決していることは、文理解釈として失当であり、用語自体の意味も曖昧である。(C)茲に注意すべきことは、我が判例の例から云えば当然「密接なる関係ある行為」と解さるべき場合においても当該行為が他の機関の職務権限に属している場合にはこれを密接なる関係ある行為として行為者の職務の方に包含せしめないと云うことが判例上明らかにされていることである。参照 昭和八、六、二七大判、昭和一二、三、六大判 (D)当弁護人は判例の「密接なる関係ある行為」とは次の三つの条件を具備することを要するものと解する。(a)公務員が本来の職務即ち法令に権限ある行為を、自己の欲するが如く執行する為にその手段として為す行為たること。(b)右手段行為は自己の権限行為でなく、又他の機関の職務権限にも属してないこと。(c)右の手段行為は、それ自体事実上当該公務員をしてその欲するが如く本来の権限行為を執行せしめ得べき影響力を有するものであること等である。

(ロ)被告人石井の職務権限 (A)被告人石井は、大蔵省組織規定第六四〇条第二項第一号乃至第四号。税務署処務細則第二条第二項等により原判示の如く個人所得税課税標準の調査、所得税見積額並に予定納税額の更正及び決定の審査に関する事務等を担当していたことは明白であるが既に再調査請求期間を経過した更正決定の誤謬訂正の権限はない。(B)然らば、かかる決定の誤謬訂正の権限は他の如何なる機関にありやの問題である。(a)所得税法を通覧すると同法第四十八条第一項には「同法第四十四条第四項の規定により更正決定の通知を受けたるものは、その通知を受けたる日より一ケ月以内に命令の定めるところにより不服の事由を記載した書面をもつて当該通知を為した税務署長に対し再調査の請求を為すことが出来ると明記され尚同法の第二項乃至第五項にその手続に関することが詳細規定されている。(b)既に再調査請求期間が経過した更正決定の誤謬訂正については何等の規定がない。併し昭和二十五年四月の東京国税局長よりの通達によると、かかる誤謬訂正の権限は税務署長にも原則としてないが、判示事実の明白な誤謬を署長自ら発見した場合に限り例外として当該署長がそれを訂正しても良いと記載されている。而してその例示事実は、事業所得と給与所得の間違とか配当所得と給与所得の間違とか数字の桁違いとか極めて特段の場合だけに限定されている。右通達は、昭和二十五年度に税法が改正されたとき、厳達されたものでそれ以前には、再調査請求の制度はなく審査、訴願、訴訟の三制度があつたのである。尚右通達は昭和二十五年度以降のものに適用されているので、本件にも適用されることは当然である。

本件の場合即ち、太田長松方の営業所得額六十万円は誤謬で高過ぎるから訂正とのことは前記局長通達の例示事実に該当しない。万一該当したとしても、それは税務署長の権限行為で被告人石井の権限行為ではない。

以上の事実は原審第八回公判調書中の証人東京国税局直税部審査係長国吉良雄の同趣旨の供述記載に徴するも明白である。(C)叙上により既に再調査請求の期間を経過した本件更正決定の誤謬訂正は、被告人石井の法令上の職務行為それ自体でないことは勿論であり尚判例の所謂「密接なる関係ある行為」にも包含されないことは明かである。然らば仮令公訴事実記載の如き金員の授受(全然なかつたことは後述するが)があつたとしてもそれは被告人石井の職務に関したものではなく、収賄罪成立の余地はない。

二、原判決は、被告人石井、相被告人白坂間に石井の職務に関して金一万五千円の授受ありと判示しているが、それは甚しき事実誤認である。

1、被告人石井、相被告人白坂両名とも警察員、検察官の各取調に対しては、金額の差異は別として(被告人石井は一万五千円、相被告人白坂は一万八千円と各供述)金員の授受あつたことを認めている。併し原審では孰れも極力これを否認していることは原審第九回公判調書中の各其の旨の供述記載に徴し明瞭である。

2、此の点についての被告人石井、相被告人白坂の原審における各供述記載 (イ)被告人石井の原審における供述 (A)公訴事実に対する金員授受否認の陳述(原審第一回公判調書中)(B)原審第九回公判廷における供述 問被告人は上野で白坂から金を貰わなかつたか。答 貰いません。問 電車の中で白坂から、ポケットへ金を入れられたことはないか。答 ありません。問 警察では何故事実を認めたのか。答 警察では取調に際し「私が自白しなければ新聞に大々的に出してやる」「三ケ月位留置してやる」「妻も呼出して調べてやる」「親兄弟も徹底的に調べてやる」「収賄よりも詐欺罪として告発してやる」「若し自白すれば明白にでも出してやる」と云うようなことを云われた故私も遂に警察の云う通りになつてしまつたのであります。問 一万五千円という金額はどうして出たのか。答 それは警察で千円、二千円、三千円、五千円、一万円、一万二千円、一万五千円と云うように段々と示して来たので、私も一万五千円の処で良いだろうと思い一万五千円貰つたと云つたのであります。問 警察では何日程経つて事実を認めたのか。答 逮捕されてから八日目に強引な取調を受け認めました。(ロ) 原審における相被告人白坂の供述 (A)公訴事実につき被告人石井に対する金員授受否認の供述記載(原審第一回公判調書中)(B)原審第九回公判における供述 問 被告人は石井勇に金をやつた事はないか。答 ありません。問 本件について昭和二十七年に取調を受けた事実があるか。答 あります、その時轟商会の事件と一緒に本件を調べられその時調書を取られたのであります。問 その時被告人は、本当の事を述べたのか。答 そうでありません。警察で轟商会の事件を取調べられている時、係官に贈収賄事件に関係あるか、ないか云い、若し云えば轟商会の事件は、取消してやると云われて述べたのでありますが、此の時述べたのについては、事実を述べたところと事実でない点とあります。問 併しその後の被告人の供述は大同小異であるかどうか。答 昭和二十七年から、二十八年にかけて私の家に刑事が参りまして、私が贈収賄容疑で調べられたことを禁ぜられその後二十八年になつてから再び刑事が私の所に参りまして、いよいよ贈収賄事件を摘発することになつたが、君にも迷惑が掛かる事もあるかも知れないが、一応警察に来て貰い度いと云うので、昭和二十八年の二月十八日と思うが警察に行き、その際、昭和二十七年の時取調べられた調書を見せられ、その事実は間違いはないかと尋ねられたので、私としても一旦述べたことなので云い返すことも変だと思いその通り間違いないと云つたところ、新しい調書を作られたのであります。問 被告人としては、石井勇に、金をやつたことはないか。答 ありません。問 被告人は菅原真寿雄に贈賄した事は認めるか。答 左様、事実は間違いありません。(ハ)原審証人菊地源男(警察官)の証言(原審第七回公判調書中)問 石井がなかなか自白しないのでだましたり、おどしたりしたことはないですか。答 私の取調は紳士的であつたと思います。問 石井は証人から(a)大体君が職務権限がなければ、詐欺罪だ。詐欺罪は収賄罪より重い。この事を新聞に出してやる。(b)自白しなければ三ケ月間留置してやるが自白すれば明日にも出してやる妻を毎日呼び出してやる。(c)自白しなければお前の家の凡ての物を押収してやるお前の住んでいるアパートの人を全部呼出して調べてやる。(d)白坂、太田がすつかり自白しているから否認しているとお前の情状が悪くなるばかりだ。(e)役人をしているお前の父や兄弟も呼んでやる、同じく収賄しているのだから調べてやる。とか威圧的なことを云われて取調べられたと云つているが事実はどうですか。答 そのようなことを云つたことはありません。被告人石井は証人に対し、問 私が調べられているとき証人は私が金銭を貰つていないと云つたら大声を出して貰つていると云い、一万三千円貰つていないか、一万五千円貰つていないかと聞き最後に一万七千円貰つているのではないかと聞えたがどうですか。答 そんなことはありません。問 証人は新聞にのせてやるとかパン助を買つたとか云つたがどうですか。答 そのようなことを云つたことはありません。問 取調中証人は「俺は西新井のピカ一だ」とかいまにも大声で殴らんばかりの勢であつたが事実はどうですか。答 そんなことはありません。(ニ)原審証人太田長松の証言(原審公判第十五回公判調書中)問 証人に対し罰金の通知が来たことがあるか。答 あります。罰金三万円の通知がありそれは納めました。問 それに対し証人は正式裁判の申立をしなかつたのか。答 しませんでした。問 証人としては正式裁判申立てなかつたのは白坂が石井に対して金をやつたものと思つたからか。答 私は罰金を払えと云ふ通知があつたので払つた迄で別に深い意味はありません、又白坂が石井に金をやつたかどうかは知りません。問 証人は本件で警察から帰つて来て罰金を納めるまでの間に白坂と合つたこと、及び同人から伝言を受けたり手紙を受取つたりしたようなことはないか。答 ありません。(ホ)相被告人白坂に対する警供書、検供書中、(A)昭和二十七年二月十九日附第五回警供書第四項……歩いている中石井事務官が「これをまあ太田の志だから」と云つて私が太田さんから受取つた三万円の中千円札十八枚現金一万八千円を差出しましたら、石井事務官は、「どうも」と云つて受取り自分の着ていた麻の白服の上衣の左内ポケツトに入れてしまいました。(B)昭和二十八年二月十三日附警供書第五項……そうして歩いているうちに石井さんは「これはまあ太田さんの志だから」と云つて私が太田さんから受取つた三万円の金の中から現金一万八千円(千円札十八枚)をバラバラのまま石井さんに差出すと「どうも」と云つてその金を受取り白服の上着の左内ポケツトに入れてしまいました。(C)昭和二十八年二月二十日附第三回検供書第三項……ぶらぶら歩いているうちに私は「これは太田さんからの志だから」と云つて太田さんから貰つた金の中一万八千円(千円札十八枚)を石井の着ていた麻服の上着の左ポケツトに捻込みました石井さんは「うん」と云つたきりでした。(ヘ)被告人石井に対する警供書、検供書中、(A)昭和二十八年二月十五日附第一回警供書第八項……私はその計理士から金を貰つたことは絶対にありません。(B)同月二十一日附第二回警供書第四項……銅像の下の暗がりのところで白坂さんから「少いけれどもこれを取つてほしい」といわれて薄ねずみ無地のズボンのポケツトに何程の金だつたか知りませんが金を押込まれたのでその儘受取つたのです。(C)同月二十三日附第二回検供書第五項……白坂さんが「これは少いが取つてほしい」と云つて金と思われるものを当時私が着ていた薄ねずみ色のズボンのポケツトに突込みました、私は何とも云わずにその儘受取つて置きました。

3、何故被告人白坂、相被告人石井の両名は警察員や検察官に対し金員授受を各自供したのか (イ)相被告人白坂の原審における供述によれば(原審公判調書はその記載簡に失し記載洩れ多々ある)白坂が在官中株式会社轟商会より収賄したとの嫌疑で昭和二十七年二月梁瀬巡査部長より取調を受けた際。(A)同商会の件は黙殺するから他の贈収賄を白状しろ、自白すれば勾留しないと云われた。その時妻は傍にいて泣いて私に自白を勧めたのでつい他の収賄自白をした。その自白には嘘もあるし真実もあつた。石井に金をやつたとの供述は嘘のことである。(B)一週間在宅で取調を受けた。涜職の検挙コンクールがあるまで決して他言するなと云われその後刑事が十数回も私方に遊びに来た。(C)本年二月十日刑事が私方に来ていよいよコンクールになつた。迷惑をかけないから一寸来てくれ、と云われ署に同行された。(D)捜査主任よりコンクールになつた。君を勾留したくないと云つて私に対する昭和二十七年二月十九日附梁瀬巡査部長作成の供述調書を読聞かせこれに間違いないかと云われた。(E)部分的の否認をするとそれでは詐欺か業務上横領罪になり贈収賄罪より重くなるぞといわれた、それで私はその供述調書の線に添つた供述をすれば帰宅を許されると思つて止むなく左様な供述をしたところ意外にも留置された。(F)石井に対する限り御馳走やパンパン買いはしたが金銭の授受は絶対にないとのことである。(ロ)被告人石井の原審における供述によれば(原審公判調書はその記載簡に失し記載洩れ多々あること同前)菊地刑事より取調を受けた際饗応を受けたことは直に認めたが金員授受の点は約一週間否認した、すると同刑事より、(A)パンパン買いを新聞に大々的に掲載してやる自白しなければ三ケ月位ぶつこんでやる自白すれば明日にでも帰してやる。(B)妻を毎日呼び尚父や親戚全部を呼んで調べる。(C)お前が否認しても白坂や太田が自白しているので結論は同じだが情状が悪くなるぞ、お前のアパートの人にも皆ふれてやる。(D)減額できないのに御馳走を受けたのは詐欺罪になる、それは収賄罪より刑が二倍になるぞ等云われて不当な取調を受け遂に止むなく虚偽自白をすると同刑事は右自白をバラ紙に詳細鉛筆書きして供述調書の原稿を作成してこれを捜査主任の茂木警部補に提出したすると同人はこれに基き寧ろそれを読聞かせてその通りの警供書を作成したのである(右バラ紙の原稿は原審公廷に証人菊地刑事より提出されたが実に詳細に記載されたものである)。(ハ)殺人放火強盗等重大犯罪又は自己の自供により新たなる他の人が検挙されるような事件でない限り検察官には警供書と同一内容を供述するのは一刻も早く出所したい留置人の心理上当然のことであり被告人石井亦然りである上記脅迫的言辞は右被告人両名のデツチ上げたとは思われない、余りにも具体的である。(ニ)被告人石井、相被告人白坂に対する警供書、検供書中問題の金員授受の点につき検討するに。(A)相被告八白坂に対する昭和二十七年二月十九日附第五回警供書第四項によれば前掲第一点の二の2の(ホ)の(A)記載の如く一万八千円を差し出すと被告人石井は「どうも」と云つて受取り上着の左ポケットに入れたとありそれより満一カ年後の昭和二十八年二月十三日附警供書第五項も前掲第一点の二の2の(ホ)の(B)記載の如く右と寸分違わぬ供述記載である、前者の調書を示されて同一供述を強要された疑が濃い。(B)授受金額につき相被告人白坂は一万八千円、被告人白坂は一万五千円と各供述し差異あることは解し難い。(C)相被告人白坂に対する同月二十日附第三回検供書第三項によると前掲第一の二の2の(ホ)の(C)記載の如く白坂は一千八百円を石井の上着の左ポケットに捻じ込んだとあるのに被告人石井に対する同月二十一日附警供書第四項によると前掲第一の二の2の(へ)の(B)記載の如く、ズボンのポケットに金を押し込まれたとあり一致してない。(D)暗がりの上野駅附近街路を歩行中授受したとは如何にも不自然である。

三、以上の諸事由により原判決は破棄を免れないものと信ずる。

弁護人筒井清五郎の控訴趣意

第一点原判決には明かに判決に影響を及ぼすべき左記列挙の事実誤認の違法がある。

一、原判決はその理由第三の(ニ)において「………太田長松の更正決定を受けた昭和二十五年度所得税を減額して貰いたい云々」と判示し右更正決定は再調査請求期間内の如く謂われているがそれは甚しき事実誤認である。1、所得税法第四十四条第四項には「更正決定の通知を受けたものはその通知を受けた日より一カ月以内に命令の定めるところにより不服の事由を記載した書面を以て当該通知を為した税務署長に対し再調査の請求を為すことができる」と明記されている。2、本件の更正決定は既に再調査請求の右一カ月の期間を経過したものであることは検察官提出の冐頭陳述要旨第二項被告人白坂原審相被告人石井勇(以下相被告人石井と略記する)の原審における各供述(参照原審第九回公判調書)被告人白坂に対する昭和二十八年二月二十日附第三回検察官作成供述調書(以下検供書と略記する)第二項、相被告人石井に対する同月二十一日附第二回警察員作成供述調書(以下警供書と略記する)第四項の各供述記載に徴するも明白である。3、右の如く既に再調査請求期間を経過した更正決定であればその減額即ち誤謬訂正については相被告人石井に何等の職務権限はない。所得税法には既に再調査請求期間を経過した更正決定の誤謬訂正については何等の規定がない。ことの性質上正に当然である。唯東京国税局長よりの通達には事業所得と給与所得の間違いとか配当所得と給与所得の間違いとか、数字の桁違いとか極めて特殊の例示事実の明白な誤謬を署長自ら発見した場合に限り当該署長がそれを訂正しても良いとされている。本件の場合はこれにも該当しないが万一該当するとしても右の如くその訂正の権限は署長に在り相被告人石井にはないのである。4、刑法涜職罪の対象たる公務員の職務とは法令に根拠を有する職務行為であることは学説判例の一致しているところである。法令に根拠ない行為は如何に公然、如何に永年、如何に頻繁に行われてもそれは事実行為であつて法令上の権限行為ではない。5、相被告人石井の法令上の職務権限は原判示の如くであるがそれは既に再調査請求期間を経過した本件更正決定の誤謬訂正についてまで及んでいない。従つて仮令相被告人石井が右誤謬訂正につき金品を収受したとしてもそれは同人の職務に関してのでなく収賄罪は成立しないと解すべきである。

二、原判決は被告人白坂が太田長松と共謀の上相被告人石井に対し更正決定を受けて所得税を減額して貰いたい趣旨で現金一万五千円を供与したと判示しているがそれは甚しい事実誤認で毫も金員の供与はなかつたのである。1、この点につき被告人白坂、相被告人石井の両名とも警察員、検察官に対しては金額の差異(被告人白坂は一万八千円、相被告人石井は一万五千円と各供述)は別として金員の授受あつたことはこれを認めているが原審では孰れも極力これを否認していることは本件記録により明かである。2、被告人白坂は原審でその概要を供述した如く(参照原審第九回公判調書)本件検挙より満一カ年前の昭和二十七年二月西新井署に検挙され梁瀬巡査部長より被告人白坂が税務署に在官中轟商会より収賄したとの嫌疑で取調を受けた。その際右巡査部長より同商会の件は黙殺するから他の贈収賄を自白しろ、自白すれば勾留しないと云われたその時被告人白坂の妻女が傍に居り泣いて自白を勧めるのでつい自白したがその自白には真実もあるし虚偽もあり相被告人石井に金をやつたとの自白は虚偽である。一週間在宅で取調を受け涜職検挙のコンクールがあるまで決して他言するなと云われて済んだ。その後刑事が十数回も被告人白坂方に遊びに来た。翌二十八年二月十日刑事が被告人白坂方に見えていよいよコンクールになつた、迷惑をかけないから一寸署迄来てくれと云われ同行された。捜査主任よりコンクールになつたが君を勾留したくないと云われ、前年即ち昭和二十七年二月作成された供述調書を示して読み聞かされこれに間違いないかと問われた。相被告人石井に対する金員供与を否認するとそれでは詐欺か業務上横領罪になり贈賄罪より重くなるぞと脅かされたのでその供述書の通り自供すれば帰宅を許されると軽信しその通り自供すると意外にも留置されたとのことである。3、相被告人石井亦原審で供述した如く(参照原審第九回公判調書)菊地刑事より取調を受けた際饗応されたことは直ちに認めたが金員収受の件は約一週間否認したがその間同刑事より自白しなければパンパン買いを新聞に大々的に載せてやるとか、三カ月間留置する、自白すれば明日にでも帰してやるとか、妻を毎日呼び出し親戚全部を呼んで取調べてやるとか。お前が否認しても白坂や太田が自白しているので結論は同じだが情状が悪くなるぞとか、お前のアパートの人にも皆ふれてやるとか、減額できないのに御馳走を受けたのは詐欺罪になり贈賄罪より刑が二倍になるぞとか、脅かされ遂に止むなく虚偽の自白をしたことである。重大犯罪又は自己の自白により新たなる他の人が検挙されるような事件でない限り検察官には同一内容を自供するのは一刻も早く出所したい留置人の心理上当然である。4、被告人白坂、相被告人石井の各警供書、検供書中金員授受の点についての供述には矛盾があり不自然があり信憑力がない。(イ)被告人白坂に対する(A)昭和二十七年二月十九日附第五回警供書第四項……歩いている中石井事務官が「これはまあ、太田の志だから」と云つて私が太田さんから受取つた三万円の中千円札十八枚現金一万八千円を差し出しましたら石井事務官は「どうも」と云つて受取り自分の着ていた麻の白服の上衣の左内ポケットに入れてしまいました。(B)昭和二十八年二月十二日附警供書第五項中の(2) ……そうして歩いているうちに石井さんは「これはまあ太田さんの志だから」と云つて私が太田さんから受け取つた三万円の金の中から現金一万八千円(千円札十八枚)をバラバラの儘石井さんに差し出すと「どうも」と云つてその金を受け取り白服の上着の左内ポケットに入れてしまいました。註右(A)と殆んど寸分違わない、被告人白坂が調書を示し読み聞かせられそれと同一の供述を強要されたとの供述も尤もと首肯される。(C)同月二十日附第三回検供書第三項……ぶらぶら歩いているうちに私は「これは太田からの志だから」と云つて太田さんから貰つた、金の中一万八千円(千円札十八枚)を石井の着ていた麻服の上衣の左ポケットにねぢ込みました、石井さんは「うん」と云つたきりでした。註ねぢ込んだと供述、前掲(A)(B)と大変異つている。(ロ)相被告人石井に対する(A)昭和二十八年二月十五日附第一回警供書第八項……私はその計理士から金を貰つたことは絶対にありません。註相被告人石井は最初は金員授受を否認していたものである。(B)同月二十一日附第二回警供書第四項……銅像の下の暗がりの所で白坂さんから「少いけれどもこれを取つて欲しい」と云われて薄ねずみ無地のズボンのポケットに何程の金だつたか知りませんが金を押し込んだのでその儘受け取つたのです。註留置されてから七日目の自供である上衣の左ポケットではなくズボンのポケットに押し込まれたと供述している。(ハ)尚上野駅附近を歩行中の授受とは贈収賄の犯所としては解し難い。5、太田長松が本件に関し贈賄罪として起訴され略式命令で罰金三万円に処せられ異議申立せず納付したことは事実である。併しそれは被告人白坂が本件で検挙され自己の面目上太田との面会に気が進まずその儘面会は勿論何等の連絡もとらないでいたので太田としては事の真相が判らず何れ被告人白坂が相被告人石井に金員を供与したものと推察したためと思われる右太田は原審で(参照原審第十五回公判調書)証人としては正式裁判を申立てなかつたのは白坂が石井に対して金をやつたと思つたからか。私は只罰金を払えと云う通知があつたので払つたまでで別に深い意味はありません。又白坂が石井に金をやつたかどうかは知りません。証人は本件で警察から帰つて来て罰金を納める迄の間に白坂と会つた事及び同人から伝言を受けたり手紙を受け取つたりしたようなことはないか。ありません。等供述している。6、叙上の理由により原判決は破毀を免れないものと確信する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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